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広島高等裁判所松江支部 昭和60年(う)42号 判決

所論にかんがみ記録を精査し,当審における事実取調べの結果をも加えて検討すると,次の各事実が認められる。

被告人は,島根県知事の許可を受け,柔道整復師として,昭和45年9月以来,浜田市国分町1819番地47の自宅において柔道整復業を営み,骨折,脱臼,打撲,捻挫の手当はもちろんのこと,肩凝りや腰痛の患者に対し,「矯正」と称する指庄やマツサージ類似の施術を行つていたほか,風邪等の症状を訴える患者に対し,患者の後頭部と腹部に手の平を添えるといういわゆる整体法の一種である「愉気」や矯正の施術を行つたり,両足を40度前後の湯につける「足湯」を勧め,「部屋を暖かくして布団をしつかり掛け,熱を上げろ,余り物を食べるな」等と指示するなど,これら疾病に対しても反覆継続して治療行為を行つてきたが,昭和57年7月6日夕刻,秀夫の両親の腰痛に矯正の施術を行うため秀夫方を訪れた際,同人から「風邪気味で,だるくて熱つぽい。診てもらいたい。」と依頼されてこれを承諾し,矯正の施術を行つたところ,秀夫の筋肉の硬さと弛みの感じや同人の体温が37度前後であることから風邪であると判断したが,これまでにも顧客らの風邪などの治療を行つたことがあり,秀夫の風邪も初期の軽いものであるから整復師の治療技能で治すことができるとして治療に当たることにし,熱を出せば(「上げる」の意)熱により雑菌を殺す効果があるとの考えから,秀夫に対し「風邪だから,そんなに早く寝ちやあ熱は出ないから,一寸動いて寝なければ熱は出ん。熱が出てしまえば,風邪は治る。風に当たらないようにし,布団を掛けて,水分や食事を余り取らないように休むこと。明日はうちの方に来てくれ。」などと指示をした。そして翌7日午前11時ころ,妻いずみを伴つて治療を受けに来た秀夫に対し,矯正を行い,同人の熱が38度位あると聞くや,さらに熱を上げるために足湯を行うよう指示し,かつ「手足を直接風に当てないように布団を掛け,汗を出して休め,水分などは余り取らず,食事もお粥程度で余り取らぬ方がよい。」などと指導した。その際,いずみから「風邪を治療するには熱を下げ,水分と栄養を十分摂らんといけないのではないか。」と言われたが,被告人は軽い風邪なら自分の治療方法でなおせるとの考えからこれを聞き入れなかつた。秀夫は帰宅後被告人の指示に従つて足湯を行つた。被告人は,同月8日午前11時ころ,シズヱから「秀夫の熱が38度2分位あるので来てもらえないか」との電話を受け,その際内心では医師に行かせた方がよいとは思つたものの,せつかくの往診依頼を断ることができず,直ちに秀夫方に赴き,同人の体を湯で拭いて着替えをさせた上,同人の熱を上げると称して約30分間「愉気」を行い,手足などは風に当てないようにし,汗を早く出し熱を更に上げないと治らないとして,当時高温多湿の気候(最低気温摂氏20.1度,最高気温同27.5度,平均湿度82パーセント)であつたにもかかわらず,シズヱに指示して,秀夫の敷布団を2枚にし,タオルケツトの上に布団を掛け,同人の肩から胸にかけてバスタオルを巻きつけさせたほか,自ら夏布団で秀夫の足先を包み,更に同人が病室に使用していた2階6畳間の襖や窓を締め切らせるなどして外気が室内に流入しないようにして一旦帰宅した。しかし同日午後8時ころ,秀夫の熱が下らないとして再度往診の依頼を受け,同人方に赴いて約15分間程「愉気」を行つた。翌9日は午前11時過ぎころと午後5時ころの2回秀夫方に赴き,体温が39度から40度に上昇し,症状が一層悪化の状態にある秀夫に対して愉気を行い,「よう寝んさいよ,寝んから熱が上がらん。寝るんが恐しいか。食事は余り取らん方がよい。水分も程々にした方がよい。」などと指示したが,一方,被告人は内心秀夫の熱が大変高く,このままでは余病の併発も充分に考えられることから医師の診察を受けた方がよいのではないかとの思いがあつた。しかし東方家とは10年来の長い付き合いであり,被告人を信頼して秀夫の治療を任せ往診を依頼されている手前,医者に行けとも言えず,また,これまで熱を上げるように色々指示をしておきながら途中で止めるということもできず,引続いて秀夫の治療に当ることにした。7月10日午前6時ころ,シズヱから「熱が一向に下がらない。どうしてくれるのか。」という電話を受けた被告人は,同日午前7時ころ,秀夫方を訪れ,「未だ上がりきつていないので,最高に熱を上げる。」と称して40度の高熱のある秀夫に対し,愉気を行い,更に同日午前10時ころには体温が42度にまで上昇した秀夫に対し,今度は熱を下げると称して再び愉気を行い続けたところ,間もなく,秀夫はうわ言を言い,次いでけいれんを起こしたので,被告人は,あわてて,初めて医師を呼ぶようにシズヱらに指示した。

同日午前11時ころ,西川睦彦医師が急行して診察した時には,秀夫は既に脱水症状に陥つており,意識及び呼吸はほとんどなく,瞳孔は散大し,心臓はかすかに搏動している状態で血圧も測定不能な危篤状態にあり,強心剤の注射等の応急手当を受けた後,救急車で国立浜田病院に搬送されたものの,既に呼吸及び,心停止の状態にあり,同日午後零時30分,気管支肺炎に起因する心不全により死亡したこと,秀夫が罹患していた風邪と称される疾病には,鼻粘膜や咽頭などの上部気道だけに症状が限局された普通感冒のように症状も軽く,数日以内に治癒するものもあるが,病状が悪化して細菌やウイルスの感染が気管支などの下部気道に及ぶと肺炎や菌血症を起こして重篤な症状を呈し,特に肺炎杆菌による肺炎の死亡率は約45パーセントに達するとされている。そしてこれら風邪症候群に対する処置としては,患者の体力の消耗を防ぎ,組織細胞の活力維持に努め,かつ発汗による脱水症状を防止するため,患者の安静を保ち,水分と栄養を十分に補給し,室内の換気を図り,清浄な空気を流通させ,発熱がある場合は,水枕を与えたり,解熱剤を投与するなどして熱を下げ,体力の消耗を防ぎ,肺炎を防止するため,場合によつては抗生物質を投与する等の方法を講じるべきであり,これらの処置を誤ると肺炎等を併発し,生命に危険を及ぼす重篤な症状を惹起し死に至ることもありうることは現代医学の常識とされていること,以上の認定事実によれば,被告人は柔道整復師として骨折,捻挫等の手当のほか,従前より風邪等の症状を訴える顧客に対し,その治療をも行つていたことから,昭和57年7月6日,東方秀夫より,風邪気味でだるく熱つぽいとして診察の依頼を受けるやこれを引き受け同人の症状等を診察し,同人は風邪に罹患していると判断し,以後同月10日午前10時ころ,同人が危篤状態に至るまでの間,数回に亘つて,秀夫に対し,愉気,矯正等の施術を行い,同人やその家族に対し,「風邪だから熱を出してしまえばなおる。手足は絶対外に出すな,水分は余りとるな。」等と指示したり,足湯を勧めるなどして風邪の治療に当つてきたものであるが,被告人は柔道整復師としての病理学等の知識は一応修得してはいるものの,もとより医師の免許は有しておらず,風邪等の診察,治療についての専門的知識や能力がないので,これら医行為をしても,患者の病名等を発見することができず,従つて患者に対し,適切な治療行為等をすることはできないのであるから,秀夫から診察の依頼を受けた際,直ちにこれを断るべきであり,しかも柔道整復師という医療業務に従事するものとしては,風邪の症状を訴える患者に対しては専門医の診察を受けるよう指示すべき業務上の注意義務があつたのに自己の治療方法を過信するの余りこれを怠つた過失があると認められる。そして,事実上治療の業務に従事し,診察,治療等の医行為を行う場合は患者の生命に危険を及ぼさないようその方法等に細心の注意を払うべき業務上の注意義務があるのに,被告人が秀夫に対して行つた風邪の治療や,同人及びシズヱらに対してなした治療法についての指示は,患者の安静を保ち,病室内は換気を図り,清浄な空気を流通させ,患者の体力の消耗を防ぎその維持をするために,栄養や水分を十分に補給するよう努め,更に発熱がある場合は解熱剤を投与するなどの医学的に正常な処置とまつたく反し,熱を出せば,熱によつて雑菌を殺す効果があり風邪は治るとの非科学的で独自の誤つた見解に基づいて,いたずらに病室を閉め切り,高温多湿の不良な環境にさせたうえ,布団を重ねるなどして熱を上げ,十分な栄養と水分の補給を制限し,愉気等の施術をして安静を妨げるなどの風邪の治療としては,極めて有害かつ危険な方法であつて,被告人にはこの点においても過失があるといわざるをえず,秀夫は被告人の誤つた風邪の治療及び指示によつて,体力の著しい低下と脱水症状を起こし,気管支肺炎を併発して,心不全により死亡するに至つたことが明らかである。

しかるに,原判決は,被告人において,いずみらが数日にわたり高熱が続く秀夫に対し十分な水分や栄養を補給せず,薬品を投与せず,医師の診療を求めないでいる事情を認識し又は認識し得たとは認め難く,その予見義務もないし,秀夫が医師の診療を受けているか否かを確認せず,また改めて医師の診療を受けるよう告げなかつたからと言つてその注意義務に違反した落度はないし,そもそも被告人は秀夫の風邪そのものの治療を引き受けたものではなく,同人やその家族に対してとつた態度も日常の雑談や一般的介護方法の域を出ないものであり,また被告人が行つた矯正や愉気もそれ自体危険な行為ではないし,秀夫の病状が重篤であることに気付かなかつたことに落度もないと判示するが,前記認定のとおり,被告人は,秀夫やシズヱらが被告人が指示した治療方法を終始忠実に実行していることを往診の際見たり,シズヱから聞いて知つていたこと,秀夫やシズヱは7月6日以降被告人に対し,秀夫の病状を逐一報告して秀夫の治療を求め,被告人もこれに応じて昼夜を問わず秀夫方を訪れ,施術を行い,治療方法について指示するなどしていたこと,東方方の家人が被告人を絶対的に信用していたことを被告人は知つていたこと等からして秀夫やシズヱらは風邪の治療を専ら被告人に委ねており,医師の治療を受けているとは到底窺いえず,被告人もこのことは十分に認識していたことは明らかであり,そして被告人は秀夫から風邪の治療を依頼されてこれを承諾し,以後専ら治療について主導的立場のもと秀夫やその家族に対し治療方法の指示をしてきたものであつて,これがたんなる日常の雑談や一般的介護方法の域を出ないものであるとは認めがたく,また高熱を発し体の抵抗力が著しく衰えている患者に対し,矯正や愉気を行うことは,患者の安静を妨げるものであつて有害,危険ですらある。そして被告人は秀夫の症状に好転の兆しがなく,日を追つて悪化しつつあることは,数回に亘つて往診し,家族からもその状況を聞かされていたことから充分知悉し,被告人自身内心では秀夫の経過が良くないことを心配し,余病の発生も懸念していたのであつて,これを回避するために直ちに自己の治療を中止し,医師の診療を受けるように指示することは容易可能であつたと認められる。原判決は,秀夫自身はもちろんのこと,いずみとシズヱとの適切な対処があれば秀夫の死亡という結果が回避できなかつたものではないという見方も否定しきれず,また最も残念な点が秀夫自身のはなはだ突飛な体力過信にあつたと指摘しうるうえ,いずみらのはなはだ突飛な療養,看護の誤りを予見すべきであつたとはいい難いので,被告人の施術中止義務違反についてはこれが秀夫の死亡の原因になつたとは認められない旨判示する。なるほど,シズヱやいずみが秀夫に医師の治療を受けさせ,秀夫に対し水分や栄養を十分に補給し,解熱剤を投与するなどの措置を講じ,また秀夫自身これらの措置を求めていたならば,秀夫の死亡という結果を回避できたと推測され,この点においてシズヱやいずみらにも秀夫に対し適切な看護,療養を怠つた落度のあることは否定できない。しかしながら,原判示の「いずみらのはなはだ突飛な療養,看護」は,先に認定したとおり,ほかならぬ被告人自身の誤つた指示に基づいてなされたものであつて,たとえシズヱらに落度があつたにしても,被告人自身に秀夫の治療等につき前叙の過失がある以上,被告人の過失責任が否定されるいわれは全くないのである。

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